ローバーの企画 | 我らFifthRovers

ローバーの企画

最近あつまりもないし
ディスカッションの類にも飢えているので
少し問題提起をしてみた。

つまり「ローバースカウトの新たなライフスタイルの提案」
について考えてみた。

そもそも何をもって「ローバースカウト」とするのかの定義
この組織体の活動の範疇はなんなのか
色々とかんがえてみたけど
よくわからなかった。
あんまり参加してないからなのかな。

まず、自分としては同年代のローバーの方々がなにをされているのかが気になります。

ボランティアなのか?

最近自分はテレビでみるボランティアなんかをみると
なんとなく「変な」気分になってしまう。
っていうよりテレビでうつされたもの
活字でかかれたもの
の全般に対しての不信でもあるかもしれないが
「ボランティア」=善
という考え方に疑問をもっている
っていうかこういうイメージがいやだ。
っていうか物事を善悪で判断するのがいやだ。
「楽しいか」「楽しくないか」とか「必要か」「不必要か」で判断スベキなんじゃないかって思う。

なんかテレビにうつるボランティアの姿をみて
楽しそうにやってたら変だろうけどさ

新潟ではボランティアに対する批難があったみたいだけど
なんとなくボランティアが「鼻につく」態度をしていたんじゃないかと思う
決して理解できない苦しみをさも理解したようにした態度とか
うまく説明できないな

自分の考えとしては
まず自分が「必要な」人か「楽しい」人になってから
自然と必要とする人やおもしろさに飢えてる人に
ピンポイントで欲求されるのが
原理としても自然だし
もし必要とする相手があるならば
自分の価値を提供することはいとわないと思うんだ。
つまり自分がそのような価値ある人になることが
なによりのボランティアだと思うんだ。

ボーイスカウトをボランティアと形容する人がいるけど
自分としては「価値あるプロフェッショナル」を備える訓練をしている人
と捉えてるかもしれない。
飯盒炊飯とかさ、ロープ結びだって、マウストゥーマウスだって
使う機会は少ないけど
必要なときには最も必要なスキルだって思わない?

だから自分は考える
なにもできないくせにボランティアしにいった精神だけがすばらしいとか
そういった類はFUCK OFFだと
自分が社会に必要とされるスキルを磨くことを常にやっていることが
もっともボランティアチックだし
それこそまさに健全な精神をしていれば
必要な人にはその能力を無償提供するはずだから
定義どおりのボランティアが完結するんだと

で、結局
雪山に遭難したときのために
スキー訓練でもしますか?(笑)